都会の《けんそう》喧騒から少し離れ、ゆったりとした時間が流れる町を歩きたくなる日がある。
そんなとき、私が思い浮かべるのは「川越」だ。
“小江戸”と呼ばれるこの町には、江戸の風情が今も息づき、石畳の道に響く下駄の音や、木の香りが混じる空気、どこか懐かしい店先の佇まいが、訪れる人の時間の流れをゆるやかにしてくれる。
都会から電車で1時間足らず。
けれど、降り立った瞬間に広がるのは、まるで別世界のような静けさだ。
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今回はそんな川越を、「癒しの町」として歩く旅に出る。
観光名所を巡るだけではなく、少し立ち止まる。
呼吸を整えながら歩くことで見えてくる風景を探しに──
川越で整う、癒しの町時間を歩く
1. 蔵造りの町並みと「時の鐘」で深呼吸

川越駅から少し歩くと、街の風景が一変する。
モダンなビルの並びが途切れ、次第に現れるのは、重厚な黒漆喰の壁と、瓦屋根が美しく整った蔵造りの建物たちだ。
この町並みを歩くと、不思議と背筋が伸びる。
一歩ごとに石畳が心地よく響き、江戸の面影を残す家々が、まるで「よく来たね」と語りかけてくるようだ。
「時の鐘」が姿を見せると、自然と足が止まる。
川越の象徴ともいえるこの木造の鐘楼は、江戸時代から町に時を知らせ続けている。
見上げた空の広さと、静かに立つ鐘楼のたたずまい。
呼吸をゆっくり整え、ここで一度、深呼吸する──
忙しい日々の中で忘れていた感覚が、少しずつ戻ってくるような気がした。
2. 古民家カフェ「smiley」で、縁側時間に癒される

蔵造りの通りから少し歩いた住宅街の一角。 江戸後期に建てられた古民家をリノベーションした「古民家カフェ smiley」は、まさに“癒し”を体現する空間だ。
引き戸を開けて靴を脱ぐと、畳の香りと木のぬくもりに包まれる。 案内された縁側席に腰を下ろすと、庭を眺めながらゆるやかに時が流れていく。
注文したのは名物のメープルのスフレパンケーキと、青いレモネード。
見た目も爽やかなドリンクで、パンケーキとの相性も抜群です。
スマホも開かず、ただ目の前の風景とお菓子に向き合う。 そんな時間が、心をそっとゆるめてくれる。
夕方にはバータイムに切り替わり、照明も落ち着いた雰囲気に。 昼も夜も、それぞれ違った癒しを感じられる場所だ。
3. 喜多院|木漏れ日と静寂に包まれる境内

もう少し歩きたくなって、訪れたのが「喜多院」。
天台宗の名刹として知られるこの寺は、徳川家との縁も深く、
境内には歴史的な建築物が点在している。
山門をくぐると、街のざわめきがすっと消えていく。
静寂の中に響くのは、砂利を踏みしめる自分の足音だけ。
大木が立ち並ぶ境内には、時折木漏れ日が差し、揺れる葉の影が石畳に映る。
風が吹くたびにサラサラと揺れる葉音は、まるで耳を撫でるようで心地いい。
しばらく腰を下ろして、何も考えずに空を眺める。
頭の中のノイズが一枚ずつ剥がれていくような感覚が広がっていく。
喜多院の静けさは、ただ“静か”なだけではなく、心の中に余白を作ってくれるような静けさだった。
4. 湯けむりに身をゆだねる午後「川越温泉 湯遊ランド」

川越の町歩きは、足にじんわりと疲労が溜まる。
そんなときに訪れたいのが、駅近にある天然温泉「湯遊ランド」だ。
木をふんだんに使った建物に足を踏み入れた瞬間、ほんのりと漂う檜の香りが全身を包む。
靴を脱ぎ、ゆっくりと浴衣に着替えて、大浴場へ向かう。
内湯も良いが、やはりおすすめは露天風呂。
目の前には青空が広がり、湯気の向こうに木々が揺れている。
湯に身を沈めた瞬間、ふっと肩の力が抜けた。
日々のストレスや考え事が、湯の中に溶けていくような感覚。
無音の世界。聞こえるのは、湯が流れる音と鳥のさえずりだけ。
旅の途中で、こうして“止まる”時間を持つことの大切さを思い出させてくれる場所だった。
5. 菓子屋横丁で童心にかえる

温泉で体をゆるめたら、次は心をゆるめる時間。
向かったのは、昔懐かしい情緒が溢れる「菓子屋横丁」。
細い路地に並ぶ駄菓子屋たち。
店先にはカラフルな飴やラムネ、手作りの芋せんべいがずらりと並ぶ。
子どもの頃に見たお菓子が目の前にある不思議な感覚。
見ているだけで、自然と頬が緩んでくる。
「これ、昔好きだったな」
「あの頃は10円玉握って通ってたな」
通りを歩く人たちからも、そんな声がちらほらと聞こえてくる。
ノスタルジーに包まれるこの空間では、大人も子どもも関係ない。
何気ない路地が、ふと心の奥に触れてくる。
それが“癒し”の正体なのかもしれない。
6. 中院と、旅を締めくくる静けさ

川越旅の締めくくりに選んだのは、中院という静かな寺院。
喜多院のすぐ近くにありながら、訪れる人は少なく、まるで隠れ家のような場所だ。
細い参道を歩きながら、今日一日をふり返る。
街の喧騒と観光客の声が遠ざかり、ただ風の音と足音だけが響く。
境内に入ると、低い石垣と苔むした庭が迎えてくれる。
ベンチに腰掛けてひと息つけば、時間がふっと止まったように感じられる。
境内の脇には、知る人ぞ知る小さなカフェがある。
温かいお茶と、小さな焼き菓子を注文して、静かな空間で味わう。
誰かと話すでもなく、スマホを触るでもなく。
「何もしない時間」に、心がゆっくりと整っていく。
旅の終わりにふさわしい、余白のような時間だった。
まとめ|光と風に整う、町の癒し
川越は、ただの観光地ではない。
「歩く・立ち止まる・味わう・整える」
そのすべてが、一つの町にちょうどよく詰まっている。
菓子屋横丁で童心に戻り、古民家カフェで自分に戻る。
温泉で体をゆるめ、寺で心を整える。
見どころを駆け足で巡る旅では見えてこない“癒し”のかたちが、ここにはあった。
忙しない日々の中、私たちは「何かをすること」に追われすぎているのかもしれない。
だからこそ、何もしない時間をくれる川越は、今の私たちにとって必要な場所なのだろう。
日常に戻る前に、もう一度だけ深呼吸をして──
その余韻を、心のポケットにそっと忍ばせて帰ろう。
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